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プロフィール
  ロングインタビュー 3


■ 市議会議員に立候補

──最初に立候補されたのは、お父様が議員を引退されたずっと後ですね。
三浦 父親が議員を引退して、もう4年以上たっていましたね。後援会や地盤・看板も全然ない中での出発でしたが、自分の思いと力量で議員を目指そうと独自に動き出しました。

──立候補のきっかけは何でしたか。
三浦 当時は介護保険制度の導入が議論になっていたころで、私は保険制度に反対でした。保険制度になれば、金のない人は介護も医療も十分に受けられないじゃないかと思いました。
  お年よりの年金からも保険料を取るのか、高齢者が増えて若い人が減っているなかで、誰が老後の面倒を見るのか、充実したサービスが受けられるのか、そんななかで保険制度に移行するのはおかしい。なにか発言をしていかないと、お年よりの立場、弱者の立場を守られへんのじゃないかと考えました。それが立候補のきっかけです。
  残念ながら1回目の選挙では落選し、2回目の選挙では、「なくすな守口・合併は市民生活のリストラ」と、ただ1人選挙で訴え合併反対で初当選しました。

──美容師の仕事は今も継続されているのですか。
三浦 2回目の選挙に立候補するときに美容室は全て廃業して、市民活動に傾注しました。父の現職時代から、議員の仕事をしながら他のことはできないと見て知っていましたから。

──美容室をやめて、もし当選できなかったらどうなったのでしょうか。
三浦 そうですねえ。いま思うと、ぞっとします。そのときは決意を固めて、連れ合いと「(落選したら)屋台引いても頑張ろうな」と話していました。人生の大きな岐路に立って決断をしました。
  今でもその思いを持っています。議員活動で生活費を得ようとは思いませんが、議員やっている以上は二兎を追えないなあと。

──初当選の時は第何位だったのですか。
三浦 議員30人のうち、28番目でしたね。苦しい選挙でした。

──社民党から立候補された理由は何でしょうか。
三浦 弱者切り捨ての競争の論理でなく、共生社会をめざすのがヨーロッパ型の社会民主主義です。この社会民主主義を守るには、日本の社民党をなくしてはならないという思いで、社民党に参加しました
  経済のグローバリゼーションが進んで格差社会になっていくのを見ると、社民勢力が衰退したことが格差社会を強めた原因になっていると思います。

■ 守口市・門真市の合併問題で、住民投票を実現

──2004年の住民投票は、日本全国で大きな話題となりました。多くの住民が合併反対に立ち上がった理由は何でしょうか。
三浦 ハコ(公共施設)を乱立して予算をばらまく、いわゆる「はこもの行政」を、それまで守口市は無計画に進めていました。体育館、ムーブ21、保険センター、南画美術館などの公共施設をどんどん建てて、大きな借金をつくった。そんな「はこもの行政」への怒りが市民にありました。
  また、「なくすな守口」という守口への愛着もありました。合併特例債という国への借金が増えることで、今まで」以上に財政の切りつめ、福祉の切り捨てが進むことへの不安も大きかったと思います。

──三浦議員はどのような活動をされたのですか。
三浦  『合併反対号』と名付けた車までつくって、街中を毎日走り回って訴え続けました。
  最初のころ市民は合併のデメリットについて知らされていませんでしたが、だんだん合併反対への賛同が増えていきました。そして合併の是非を住民に問うべきということで、住民投票を要求しました。
  投票率50%未満では開票しないという条項があるなか、それを超える投票率で住民投票を成立させました。その結果、98%の合併反対という市民の声によって合併が否決されました。

──現在の守口市の財政再建論議はどうなっていますか。
三浦  今の議会内の多数派は、あいかわらずの住民不在で、一方的な削減によって住民サービスを低下させているのが現実です。
  財政危機にもかかわらず、小学校の統廃合などを利用した「はこもの行政」の動きがいくつか進んでいます。統廃合によって新たな校舎を建設しようとするやり方です。
  551の豚まんのCMの「ある時、ない時」みたいなもので、多くの税収があるときはどんどん放漫経営して、、景気が悪く税収がないときは福祉を切り捨てて市民負担を増やす行政手法が、守口市にも門真市にもあると思います。

 

シンポジウム

シンポジウム シンポジウム「守口市・門真市の合併を問う」を開催
(2004年8月13日)

田中長野県知事と
田中康夫長野県知事(当時)も守口市まで応援に駆けつけました。
(2004年9月5日)

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