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■ 美容師時代
──その後、美容師になられたのですね。
三浦 うちは祖父が散髪屋、おばが美容師という環境でした。子供のころから手先が器用だったこともあって、美容師をこころざしました。
20歳のころ(1967年)に美容師の免許をとって、ロンドンに留学しました。世界的に有名な美容師ヴィダル・サスーンの弟子たちが講師を務める専門学校で学びました。その後も十年くらいにわたってイギリスと日本を行ったり来たりして、最新の技術を日本へ伝えました。
その間、日本でへアウイッグ(かつら)の輸出入をする会社に入社して、化粧品など商品を開発していました。30代のころには会社の役員になって、美容師への技術講習会の講師として全国を飛び回りましたね。
モニタ店として、個人でも美容室の経営をしました。伊丹、箕面、本町、栄(名古屋)など最大時には4店舗ほどありました。
ストレートパーマ、縮毛矯正(しゅくもうきょうせい)は私がロンドンから持ち帰った技術のひとつなんですよ。あっという間に日本中に普及しました。
■ おしゃれを楽しむには、社会が平和でないといけない
──美容師の経験が、議員活動の中でどのように役立っていますか。
三浦 普通の市民が仕事で得た多くのお客様から、日々の暮らしを見聞きした経験を活かし、それを普段の生活や政治の中でも求める気持ちが養われたと思います。
それから、おしゃれを楽しもうと思えば社会が安定して平和でなくてはならないことに気づきました。平和な世の中でないと、おしゃれなどを楽しむ生活の余裕が生まれない。この点を私は一番大切にしています。
世代を超えた「人に思いやりとやさしさ」という考えも、そのころに体得したものです。普通の市民が良かったなと言える政治を目指します。
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美容師への技術講習のため各地で公演会を開催
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■ 地域ボランティアの活動を始める
三浦 地域のくらしをみたときに、高齢化が非常に進んで、ご近所でもお年よりが増えてきました。
私も人生の折り返し地点をすぎて、今までは企業戦士のように活動してきたけれど、これからは自分の足下の環境、地域のありようにたいしてボランティア的に関わっていきたいと思いました。団塊世代の責任として人生の最終仕上げ、地域にやさしさを広めたいということですね。
「高齢化社会に向かうなかで、お年よりへの思いやりとやさしさ」というテーマになるんじゃないか。そういうことを自分の地域でがんばりたいなと思いました。
──どのようなボランティア活動をされていたのですか
三浦 弁護士や労務士、医療事務、介護施設で働いている人などとネットワークをつくり、市民相談、労働問題の相談、生活相談、とくに医療、介護の相談にのっていました。その活動は今も継続しています。
一人ぐらしの老人宅を訪問するボランティア活動もしました。連れ合いや仲間の人にも2級ヘルパーの資格を取得してもらって、介護の仕事を学び、「守口市民ネットワーク」というのを立ち上げて、ボランティア活動を組織しました。
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